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札幌高等裁判所 昭和30年(う)208号 判決

被告人 少年M

主文

原判決を破棄する。

被告人を死刑に処する。

押収してある黒塗手提金庫およびその在庫品四五点(原審昭和三〇年領第四六号の五ないし五二)は被害者小林仙太郎の相続人にこれを還付する。

原審ならびに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官検事沢井勉作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人田村誠一提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用する。

本件記録および原裁判所で取調べた証拠によつて原審の認定にかかる本件犯罪の情状を検討するに、被告人は、昭和二七年春頃母に伴われて肩書住居地に転住し、千歳中学校を卒業して後米軍キヤンプに職を得てボーイとして勤める傍ら夜間は定時制高校に通い、折角向学の途を得たのであるから、被告人としてはこれまで母の手一つで育つたことや、当時実兄も教職に身を奉じている等のことを思つてひたすら勉学に邁進すべきところ、間もなく勤め先の同僚から見習つた賭事に興味を持ち出し、次第に学業を疎んじて欠席をかさねたため、半歳余りでついに高校の方は除籍されたが、その頃生活に追われていた母は殆ど被告人を顧る暇もなく、むしろ被告人を信じているのをよいことにしていよいよ放恣な暮しを続け、賭事や映画パチンコ等に金遣いも荒くなり、平素身にしみている筈の母の家政を助けるどころか、自己の得る一万余円の給料だけでは足らず、ついには盜みをしたり、或は自己の背広等はもとより家の品物まで次々と持ち出して自宅裏の小林質店に入質していた折柄、昭和二九年一一月二七日頃の朝、わけもなく纏つた金が欲しくなり思案にくれているうち、かねて通い続けてその内情を熟知している右小林質店の金庫のことが目に浮び、同店に押入つてこれを強奪しようと想いを致し、その方法を考えたすえ、小林夫婦は顏見知りなので何よりも殴り殺すにしかずと決意し、家人の眼を盜んでひそかにその準備を備えたうえ、頃合を見計つて同日午後九時前頃、用意の長さ約三尺の棍棒を携え原判示所在の右小林仙太郎方に至り、声に応じ同家土間に出てきた仙太郎(当時五八歳)に対し、出会頭にその頭部、顏面を右棍棒で乱打したのを手始めに、直ちに同家茶の間にいた同人妻ハル(当時五一歳)を前同様にして数回殴打し、更に同所に同人二男公記(当時一五歳)を認めるや、咄嗟に同じく殺害の意思を以て前同様殴打して同人等の反抗を抑圧したうえ、仙太郎保管にかかる現金約一万三千円その他印鑑、銀行預金通帳等在中の原判示金庫一箇を強奪し、右暴行に基因して仙太郎およびハルを翌二八日未明頃、北海道立千歳病院においてそれぞれ脳圧迫および脳損傷により死亡させて殺害し、公記に対しては入院治療約二ヶ月を要する後頭部割創兼頭蓋内出血を負わせたが、応急手当の結果、辛うじてその一命をとりとめ、殺害の目的を遂げなかつたものであつて、その動機に諒察すべき点がなく、事は計画的に行われており、ことに犯行後二人組強盗の所為を装うためかねて用意のゴム長靴に穿きかえて被害者等が血ぬれて横たわる現場に引きかえし、その足跡をつけ廻る等の周到な態度に至つては鬼神の眼をおおわしむるに余りあるものというべく且つ殺害の方法たるや極めて兇暴残酷であるといわねばならない。しかして、そのため何ら非違なき者二名までもの生命を失わせ、更に一名には死一歩という重傷を負わせ、各被害者本人およびその遺家族にとつて取りかえしのつかない不幸と苦痛とを与えたことは、その結果また極めて重大である。これに当審で取調べた証拠によりうかがえる被害者側の本件につき、いまなお医えない痛憤の念の甚大なことおよびこの種犯罪の一般社会に与える脅威を考慮するときは、生命の安全は基本的人権として何にもまして重んぜられなければならないのに、ややもすると人命を軽んずる挙に出る犯罪が若年者にとつて案外無雑作に行われることの跡を絶たない今日、犯罪を防圧するという刑罰の目的からみても、本件の犯行は軽視できないものがある。まして被告人はその知能、体格の発育はむしろ優秀であつて、本件犯行当時の精神状態においても何ら異常のなかつたことは当審で取調べた鑑定人医師中川秀三作成の鑑定書および証人中川秀三の証言によつて容易に理解され得るところであるから、本件犯行の当時被告人が満一八歳四月の若年であつたことは直ちに犯情を軽減するに足るものとは考えられず、また、被告人が七歳にして教育者としての父を失い、爾来辛苦のうちにも母の許で比較的平穏な環境に育ち、その年令的転換期のさなかに、千歳町といういわゆる基地ににわかに転住したことや、その母の監督が行きとどかなかつたために、新しい環境の変化に影響を受けたことはあつたとしても、それは必ずしも一人被告人だけにかぎられる事情であるものとは到底考えられないことその他諸般の事情を総合し勘案すると、被告人の本件所為はいづれの点からみても、天人ともに許さざる悪虐惨酷なものであつて、正に極刑に値するにもかかわらず、原判決が被告人の年令、生立、環境に比重をおいて被告人に科する死一等を減じたのは、その量刑寛に失するものと認めざるを得ない。原判決と同一の見解に立つての答弁中の所論は畢竟採用するを得ず、論旨は理由あるものといわねばならない。

よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い本件につき更に当裁判所でつぎのとおり判決することとする。

原審が適法に認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為中小林仙太郎、同ハルに対する各強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段に小林公記に対する同未遂の点は同法第二四三条、第二四〇条後段に該当し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるが仙太郎に対する強盜殺人の罪の刑について所定刑中死刑を選択してこれを科することとし、したがつて同法第四六条第一項により他の刑は科さない。なお押収してある主文掲記の物件は本件犯行の賍物で被害者に還付する理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三四七条第一項に従いこれを被害者小林仙太郎の相続人に還付すべきものとし、原審ならびに当審における訴訟費用は同法第一八一条第一項本文に則り全部被告人の負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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